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【2017/09/27 01:26 】 |
大永三年(1523年)八月十日は
毛利元就が毛利家の当主として郡山城に入城した日です。


元就は次男ですが、兄・興元が若くして亡くなり、兄の遺児・幸松丸が当主となりましたが、病弱で幼くして亡くなり、毛利宗家の当主となったわけです。

家督相続はすんなりいったわけではなく、尼子家の後ろ盾もあった異母弟・相合元網を担ぐ者も多かったといいます。

しかし重臣の志道広良がすばやく動き、元就を相続者として入城を請う起請文に重臣らを署名させて実現させました。

元就は、家督相続後に家中の分裂を恐れて、元網を註殺しました。

謀略を得意としたといわれる元就なので、幸松丸の死も怪しいものです。


毛利元就が登場する本は「上総介戦国書店」でご覧ください。
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【2004/08/10 23:10 】 | 今日は何の日 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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