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【2017/09/27 01:29 】 |
天文二十年(1551年)九月一日
大内義隆陶隆房の謀反により自害した日。


陶隆房は大内家の武断派の重臣で大内氏の支流にあたる。
幼年の頃は義隆の衆道の相手にもなっていたという。
そんな隆房がなぜ謀反に至ったのか。
義隆や隆房を題材とする小説でも色々描かれるが、出雲尼子氏との戦の敗戦から政治への関心を失って文化的なことに没頭したこと。
そして政治には文治派の相良武任らを重用し、それに武断派の陶隆房らが反発したということ。
家臣の反目というのは、結果として戦国武将の家を弱めるものだ。
ちなみに隆房は、大友宗麟の弟・大内晴英を擁立したので、陶晴賢と改名している。
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【2005/09/01 23:16 】 | 今日は何の日 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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