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【2017/09/27 01:30 】 |
永禄九年(1566年)十一月二十八日は
尼子氏の居城・月山富田城が四年間の籠城を経て、毛利元就に開城降伏し、尼子氏が事実上滅亡た日です。


当時の当主・尼子義久は、元就の謀略によって主力であった尼子国久(尼子経久の次男)の一族・新宮党を滅ぼしたことから衰退の一途をたどることにたります。

降伏後、義久は安芸に赴き、配流生活を送って、関ケ原後は毛利氏に仕えることになりました。

一方、尼子氏の遺臣・山中鹿之介らは再興を目指して、国久の遺児・尼子勝久を擁立して織田信長の支援を受けながら毛利氏と戦いますが、播磨・上月城を吉川元春小早川隆景に攻められ落城。勝久は自害し、鹿之介は捕らえられて安芸に護送中に殺害され、完全に尼越しは滅亡しました。

一時は山陰8ヶ国を治めた大名家でしたが、わずか十数年で嫡流が滅亡した悲劇的な一族です。


尼子経久が主人公の本
山中鹿之介が主人公の本
尼子一族の紹介
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【2004/11/28 11:13 】 | 今日は何の日 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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