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【2017/10/19 14:23 】 |
永禄八年(1565年)五月十九日は
松永久秀と三好三人衆が、将軍・足利義輝を暗殺した日(永禄の大逆)


足利幕府十三代将軍の義輝は、剣聖・上泉伊勢守信綱から新陰流を学び、塚原卜伝に奥義の伝授を受けた「剣豪将軍」と言われるほどの人物だった。

御所で松永・三好勢に襲われたとき、数々の名刀を抜いて畳に刺し、抜刀して敵を斬りまくり、斬れ味が落ちると刀を変えて戦ったという。
阿修羅のような義輝に怯んだ松永・三好勢は、四方から障子をかぶせて押し倒し、その上から刺し殺したといわれる。

享年二十九歳。
辞世の句は
五月雨は 露か涙か 不如帰 我が名をあげよ 雲の上まで


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